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大阪高等裁判所 昭和62年(う)750号 判決 1987年11月04日

主文

本件控訴を棄却する。

当審における未決勾留日数中九〇日を原判決の刑に算入する。

理由

本件控訴の趣意は、被告人作成の控訴趣意書及び「控訴趣意書補足」と題する書面並びに弁護人仲重信吉作成の控訴趣意書各記載のとおり(なお、被告人作成の控訴趣意書中、二項の(2)記載の主張は撤回する旨、弁護人において釈明した。)であり、これに対する答弁は、検察官小林秀春作成の答弁書記載のとおりであるから、これらを引用する。

一、弁護人の控訴趣意第一及び被告人の控訴趣意一(訴訟手続の法令違反の主張)について

各論旨は、要するに、原判決は、原判示事実の証拠として、覚せい剤一袋(以下、「本件覚せい剤」という。)を挙示しているが、右覚せい剤は、警察官職務執行法所定の要件を欠く職務質問とその際に所持品検査として行われた実質上の捜索差押行為により、違法に押収されたものであって、その証拠の収集過程に憲法三三条、三五条の保障する令状主義の精神に反する重大な違法があり、いわゆる違法収集証拠として証拠能力がないのに、これを証拠として採用した原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな訴訟手続の法令違反がある、というのである。

そこで、所論にかんがみ、記録及び証拠物を調査し、当審における事実取調べの結果をも併せて検討するのに、原審及び当審で取り調べた各証拠によると、本件覚せい剤の押収経過について、次の事実を認めることができる。すなわち、

(一)  大阪府警察本部警ら部第二方面機動警ら隊員である近藤真佐雄巡査部長及び白間昭久巡査は、昭和六二年二月二四日午前零時一〇分ころ、パトカーに乗車して大阪市西成区内のJR新今宮駅付近を警ら勤務中、かねて覚せい剤の密売場所であるとの情報を得ていたビジネスホテル「サンプラザ」前路上にタクシー一台が停止しているのを認め、場所柄覚せい剤関係者が利用していることも考えられたため、付近路上にパトカーを停めて様子をうがかっていたが、右タクシーには被告人が知人のAを待ちながら客として乗っており、やがて右ホテルから出てきた同人を乗せて右タクシーが出発したので、これら被告人らの動きに不審を感じた右両警察官において右タクシーをパトカーで追尾したこと

(二)  右両警察官は、追尾直後右タクシーを一時見失ったのち、近くの路上で再び停止しているのを見つけたが、その際Aが被告人をタクシーに残してどこかへ立ち寄っており、間もなく戻ってきたAを乗せて右タクシーが再出発したのちも、同一地域内を何度も往来、巡回するなど不自然な走行をくり返したため、被告人及びAの行動にますます不審を抱いて追尾を続け、同区阿倍野筋二丁目一番一号先のホテル「あべの御苑」前路上で右タクシーを降りた被告人及びAに対し、その場で職務質問を開始したが、その際Aの容貌などをみて、同人が覚せい剤事犯の前科を有する者で、以前右容疑で数回同人を職務質問していることに気付き、同人と行動を共にしていた被告人に対しも、覚せい剤事犯の容疑をさらに深めたこと

(三)  右両警察官は、Aに対する職務質問をそのころ応援に駆けつけてきた他の警察官にゆだねて、被告人に対する職務質問にあたったが、被告人が「人に見られて格好が悪い。」と言ったので、その同意を得て付近に駐車中のパトカーに乗車させたうえ、顔色が青白く落着かない様子をしている被告人の両腕を見分したところ、右肘関節部内側に注射痕らしいものがあったので、白間巡査が被告人に所持品の提示を求めたこと

(四)  被告人は、着用していたコート、ブレザー及びズボンの各ポケットに手を差し入れて、眼鏡、現金、タバコ、ライターなどを取り出して提示したが、白間巡査から「他に何もないのか。」と念を押されたのに対し、再度コートの外側左右ポケットに手を突込むなどしたうえ、「もう何もない。」と返答したこと

(五)  そこで、白間巡査は、被告人に「服の上から触ってよいか。」と尋ねたところ、被告人が「勝手にせいや。」と答えたので、被告の了解が得られたものと判断し、「それでは上から触る。」と言って、被告人の着用するコートの上からその左側外ポケットに触ったところ、円筒形の固い物に触れたので、注射器ではないかと考え、被告人に「これは何か。」と尋ねたが、被告人は、横を向いたまま「何もないが。」と答えるに止まったこと

(六)  白間巡査は、自分で取り出すように被告人に言い、さらに近藤巡査部長らも加わって説得した結果、被告人が「そんなに見たかったら出して見や。」と言って同巡査らの方にコートの左側を向け、外ポケットを差し出すようにしたので、白間巡査においてその左側外ポケットに右手を差し入れて、その中から、チリ紙に包まれた注射筒及び注射針のほか、白紙に包まれたビニール袋入りの本件覚せい剤をつかんで取り出したこと

(七)  右のようにして発見された本件覚せい剤等は、その所持の現行犯人として被告人を逮捕した警察官によってその場で差押えられ押収されたこと

以上の各事実が認められ、右認定に反する被告人の供述証拠は他の関係証拠と対比して信用することができず、他に右認定を覆えすにたる証拠はない。

なお、所論は、被告人がJR新今宮駅付近でタクシーを停めて待っている間にAが出入りしたのは、ビジネスホテル「サンプラザ」ではなく、同ホテルより二、三軒東側の旅館大黒荘園島田付近の普通の家のようなところ(一般の民家風であって、ビルではないという趣旨と解される。)であり、従って右タクシーの停止位置も、右ホテル前路上ではなく、それよりずっと東側の路上であった旨主張するが、記録によれば、原審証人白間昭久及び同近藤真佐雄は、いずれも、Aが右ホテルから出てくるのを目撃した旨証言しており、また被告人も、捜査段階においては、Aが出入りしたのは近くのビルであった旨、右各証言と同旨と解される供述をしていたことが明らかであるところ、被告人は、当審においてはじめて右所論の主張をするとともにこれに沿う供述をするに至ったもので、その供述を裏付けるような証拠は他に存在しないうえ、従前の供述を変更したことについて首肯できる事由も記録上見出しえないのであって、右各原審証言と対照しても、被告人の当審における右供述は措信しがたいものというほかなく、右所論は採用できない。

そこで、右認定事実に基づき検討するのに、前記警察官らがホテル「サンプラザ」前路上に停止中のタクシーに乗車していた被告人らを発見してから、右タクシーを追尾して「あべの御苑」前路上に至るまでの間における被告人らの挙動は、異常というほかなく、このような状況や同伴者Aの前科関係などから合理的に判断して、被告人に対し覚せい剤事犯とのつながりを疑うにたるものであって、右警察官らが被告人に対して実施した職務質問は、警察官職務執行法二条一項の要件を具備する適法なものと認められる。そして、右状況等に加えて、被告人が右警察官らの所持品提示の要求に任意に応じながら、ことさらその所持品の一部を着衣の中に残し、被告人の了解のもとに、その着衣の外側からポケットの中に残されている注射器様のものに触れた右警察官から、その在中品について尋ねられたのに対し、何もない旨強弁するなど、さらに不審な言動をとり続けたことで、被告人に対する覚せい剤事犯の嫌疑がますます強まり、かつ被告人の応答のみによっては右嫌疑が一向に解消されそうにない状況のもとで、被告人が承諾の態度を示すのを確認したうえ、専ら右在中品の検査に必要な限度で、被告人の着用するコートの左側外ポケットに手を差し入れて、その中から注射筒、注射針及び本件覚せい剤をつかんで取り出したことは、それが被告人の承諾を伴い、職務質問を遂行するために必要かつ相当な行為であったと認めることができるから、職務質問に伴う付随行為として許容されるものというべきである。

そうすると、本件所持品検査及びその結果発見された本件覚せい剤の押収手続が違法であることを前提とする所論の主張は、その前提を欠くもので採用できず、本件覚せい剤の証拠能力を認め、これを原判示事実の証拠として採用した原判決に所論のような訴訟手続の法令違反は存しない。論旨は理由がない。

二、弁護人の控訴趣意第二及び被告人の控訴趣意二(事実誤認の主張)について

各論旨は、要するに、被告人には本件覚せい剤を所持していることについて認識がなかったのに、その認識があったと認定した原判決には、判決に影響を及ぼすことの明らかな事実の誤認がある、というのである。

そこで、検討するのに、被告人は、捜査及び公判の各段階を通じて、終始、「本件覚せい剤を所持した覚えはなく、警察官から示されてはじめてその存在を知った。」旨述べて、右所論に沿う供述をするのであるが、その供述は、「当日朝、家を出るときには、覚せい剤などはコートのポケットに入っていなかったと思う。」「何故ポケットの中に覚せい剤が入っていたかわからない。」「逮捕されたとき、とっさにはめられたと思ったが、誰にはめられたかについては覚えがない。」などというに止まり、具体性に乏しいうえ、原判決挙示の各証拠によれば、被告人は、覚せい剤の密売が疑われる場所を徘徊し、かつ乗車したタクシーを異常な経路で走行させてパトカーの追尾から逃れようとする行動に出たことで、不審の念を抱いた警察官の職務質問を受けるに至り、その際警察官の求めに応じて所持品を提示し、他に何も所持していない旨述べながら、被告人の了解を得てその着衣に触れた警察官から、まだ着衣の中に何か残っている旨指摘されたのに対し、依然「何もない」と答えるのみで、自らその有無を点検しようともせず、さらにその残存物の提示を求められてもこれに応じようとしなかったこと、警察官が被告人のコートのポケットの中から本件覚せい剤及び注射器などを取り出して被告人に示した際にも、被告人は、格別驚いた様子もみせず、弁解を試みようともしないで素直に現行犯逮捕されたことが認められるところ、右のような被告人の言動は、凡そ覚せい剤を所持していることを全く認識していない者としては極めて不自然であって、被告人の捜査及び公判における供述中右所論に沿う部分は、右認定事実に照らして信用しがたいものといわなければならない。

そして、右認定の事実に、原判示日時場所における当時被告人の着用していたコートのポケットの中に本件覚せい剤及び注射器などが入っていたという動かしがたい事実を総合すると、被告人が原判示のとおり覚せい剤を所持し、かつこれについて認識を有していたことを認めるに十分である。

所論は、被告人は、当時深く酪酊していたので、被告人のコートのポケットの中に、誰かが覚せい剤を忍び込ませるようなことがあって、そのことに被告人が気付かなかったとしても、不自然とはいいがたいと主張するが、本件当日被告人が平素の酒量を特段に上廻るほどの飲酒をしていたことを認めるにたる証拠はなく、また原判決挙示の各証拠によれば、被告人は、当日の行動を詳細に記憶して捜査官の取調べに対しその記憶に基づく供述をしており、Aと同乗していたタクシー内での言動にも異常はみられず、警察官の職務質問に対しても、自己の置かれた立場を十分に心得て正常な応答をしていることが認められるから、被告人は当時所論のような酩酊状態にはなかったものと認められ、右所論は採用できない。

そして、他に所論にかんがみ記録を調査し、当審における事実取調べの結果を併せ検討しても、原判決の事実認定を左右するにたる証拠はなく、その認定に所論のような誤りを見出すことはできない。論旨は理由がない。

三、弁護人の控訴趣意第三及び被告人の控訴趣意三(量刑不当の主張)について

各論旨は、いずれも原判決の量刑不当を主張するので、所論にかんがみ記録を調査し、当審における事実取調べの結果をも参酌して検討するのに、本件は覚せい剤約〇・四三グラムの所持事犯であって、その犯行の罪質、態様に加え、被告人に原判示累犯前科のほか麻薬取締法違反罪を含む多数の前科があり、その間更生のための努力をした形跡もなく、長年暴力団員としての生活を続けた挙句、本件犯行に至っていることに徴すると、犯情は軽視できず、所論の点を考慮しても、被告人を懲役一年に処した原判決の量刑が重過ぎるとは考えられない。論旨は理由がない。

よって、刑訴法三九六条、一八一条一項但書、刑法二一条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 大西一夫 裁判官 濱田武律 谷村允裕)

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